20240615

日記398

ライブ映画をライブで

2024/06/14 昨日
金曜日は仕事をしていても気持ちが軽い。案件の並列処理が重なってきたのでそれなりに忙しくなりそう。しかもチームメンバーがひとり退場するとの発表があった。その人はわりと残業対応が多かったので、単純に考えると仕事のボリュームがそのまま降りてくることになるはずなので若干気が重い。一月か二月に入場させて六月に退場させるというのは管理体制の杜撰さというか計画性のなさでしかないので、どう考えてもその割りを食っている。非正規社員に対しては普通にそういうことをしてくる会社だということをあらためて認識したうえで、振られた仕事はきっちりこなすというスタンスを取るべきだと思った。無駄に顔色を伺ったり、必要以上にいい仕事をしようと息巻いたり、身を入れても働いても仕方がない。
そんななか、安全上のリスク管理をする新ルールをうっすら破ろうとする打ち合わせに参加することになった。「まあルールは大事だけれど経費やスケジュールの問題があるし、ね?」みたいな”現場の”考え方があり、新人としてそういう機微に気づいていないふりをしつつルール準拠のフローを押したが、良い人たちにじっとり説得されそうになった。結局その場では方針についての結論が出ず、上長に相談しようということになって打ち合わせが終わったのだが、上長との打ち合わせでは上長から「とはいえルール遵守は鉄則だ」という話が出た。それもあって軌道修正されてルールに則ったかたちで進むことになった。これまでは”現場の判断”として、経費を抑えつつ現場の人間にリスクを負わせるようなやり方をずっとやってきたんだろう。もしルールがしっかりしていなかったらそうなっていたんだろうから、やはりルール策定は大事なことなんだと思わさせられた。企業の利益を個人の安全リスクより優先するような働き方をするとしたらはっきり言って俺個人としては終わりなので、今回はまだなんとかなったが、そういうときのハンドルの握り方を身に着けないといけないと今回の件でつよく思った。自分の近くで波風を立てないというのを最優先にしないこと。たかだかお金のことなんだから仕事なんていつやめてもいい。自分をやめるわけにはいかない。なあなあで済ませようとしたおじさんたちはふたりとも優しくて良い人という印象だったが、少なくとも俺のなかのイメージは地に落ちた。自分をやめ終わっているひと。でもそんなことより何より打ち合わせ中に「自分より経験のあるふたりが言うなら実際にはそこまで危険ではないのかもしれないな……」などとリスクを回避しようとする考え方が自分のなかで存在感を持ってきたことがきつい。我ながらすごく残念で情けなかった。自分が任された案件は自分が責任者だということを忘れないようにしよう。優先順位も当然俺が決める。そして優先度が高いと判断したある面では(譲れない部分では)人のせいにしようとしない。
仕事後に友人と電話で話す。将来のことや仕事のことについて悩んでいるようなのだが、楽観的な話ばっかりしてしまう。よかれと思ってのことだが、それでよいのかどうなのか。しかし自分としては、自分の考え方というか俺だったらこう考えるということしか言えない。無責任かもしれないが、俺は彼の友人であって責任者ではない。だから気を遣わずに喋れるのだし、それでいいんだと思う。いい加減なことを言い過ぎないように注意しないといけないとは思うが、あまり脇を締めているとは我ながら思われない……。
日比谷線で恵比寿に移動する。かむくらでスタミナラーメンを食べる。天理スタミナラーメンを思い出す。温かくてうまいが顔から大量に汗が吹き出した。その後ガーデンプレイスの野外シネマで『アメリカン・ユートピア』を見る。友人たちとくっちゃべりながら見ようと思っていたが、わけのわからない意味深なMC(ちょっと聞いてみたが「意味深なことを言う」以外の目的があるとは思えない)のとき以外はずーっと歌っていたので喋りにくかった。
その後池ノ上に移動して、かつて下宿したアパートが更地になったのを見学する。いま気づいたが自分の住んでいた場所がなくなるという経験は初めてだった。勝手に「まだあんのかい」とずっと言い続けると思っていたので驚いたというのが一番だが、それに慣れた先に感慨深いものがあるような気がする。そこからスズナリ経由で下北沢まで歩く。もうあまり歩くことのないコースになるかもしれない……。
エキウエ前の階段エリアに座って酒を飲む。若い人が多く、盛り上がりつつ皆なんとなく今の生活や将来のことを語らっているような雰囲気があって、気候も外飲みにちょうどいいし、話すことが楽しかった。自分は話すときには内容を重視してしまうが、話すというのは内容じゃないのかもしれない。とりあえずやり取りをして、そのうちに言いたいことを言えるタイミングがくるという行き当たりばったりなやり方で充分だと思っているのかもしれない。そして、だからなのかどうなのかわからないが、すこしいい話を聞けたように思う。

2024/06/15 今日
昨夜の就寝時間を考えるともっと寝たかったのに八時に目が覚めてしまった。でも起きてしまったものは仕方ない。二度寝には失敗する。日中はほぼ一日家でだらだらする。午前中と午後の二度、駅前に行って用事を済ませる。一度目は未来のレモンサワーを宅急便で実家に送るためコンビニに。二度目は遅い昼飯の弁当を買いにスーパーに。セブンイレブンとまいばすけっと。
遅い朝飯はフレンチトーストを作ってもらったのを食べる。ダンジョン飯の一期最終回を見ながら。ライオスが方法を”考えて”いる場面でぐっとくる。マルシルの涙もそれにギョッとするイヅツミもそれぞれの良さがあって良い。それぞれにフェーズや歩幅があって、ポジションはあってもどっちが良いとか悪いとかいえないということがきちんと表現されている。
家で『存在することの習慣』を読む。読了。俺はクリスチャンでもなければカトリックでもないが、祈りたいような気持ちになった。モハメド・アリについてイスラム教徒なのがもったいないと言っているくだりなど、フラナリー自身の位置と考えに対して率直で、これをこのまま受け取れるのであれば全然嫌な気持ちがしない。
『ロリータ』を読む。言っていることが「わかる」ように書かれている。「わかる」ではいけないのにそこに連れて行かれるとすればそれがそのまま小説の達成になる仕掛けで、しかも著者が技巧的達成に堕しておらず、篤実なことは疑えない……。ということになっていくのだろう。
日が落ちてからユニクロに行く。オンライン購入したTシャツが五〇〇円引きになっていたので、受け取って試着→イメージと違うから返品ということにしてもらう。その代わりといっては何だが、同じTシャツのサイズ違いを合計三着購入する(これは本当に”何”だ。安くなっているからまとめ買いしたというだけの話)。
二十一時にスタバに行く。ほうじ茶ラテを飲んで日記を書く。

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