種屋の軒先に並んで
2024/04/29 今日
九時に起き出してスクワットをする。その後カサヴェテスのレトロスペクティブを見に行く。『チャイニーズブッキーを殺した男』。今回の連休で見た三作はどれもよかったが、今作が一番楽しめた。「気楽になるのが幸福への道」という最後の言葉には説得力があったし、そうやって言い聞かせるところにどうしたって混ざる微量のシリアスさが、わずかに、だがたしかに幸福を遠ざけているところに物悲しさがあってよかった。とはいえそうなることを知っている男の口から漏れる述懐ではあるので、気楽さのロスについても最小限に抑えられている。しかし最小限だからこそかえってその存在感が大きくなるともいえるので何が良いのかわからない。
とにかく見栄を張ろうとする人間はカジノに行ってはいけないという教訓はあった。借金を返しきった”お祝い”と称して女たちを引き連れてカジノの店にでかけていき、ポーカーテーブルについてあっさり借金をこさえるのはまあコメディだが、単純に愚かな男の話だと思っていたそこから展開があって面白かった。主人公の男がいくら困ったことになっても見栄を張り続けるので、評価が底をついたあとじわじわ上がっていくことになった。いずれにしても男の愚かさを見て楽しむコメディではある。だけど尺の分だけ込み入った愚かさにまで到達していて見ごたえがあった。ふざけた伊達男のふざけたヒゲのメイクは観客を笑わせようとして顔の表面に書かれたものにすぎない。それはそれで可笑しいが、それが舞台の後半には汗で消えてしまい、くたびれた中年男の顔が浮き上がってくるというところに滑稽味がある。愚かな人間を演じる人間の愚かさの奥にもやっぱり愚かさがあるという愚かさの入れ子構造を鮮やかに写し撮っていた。あわれなブッキーの最期のセリフもよかった。あれしかないというほどシンプルだが、さりげないなかにも含蓄があった。