源氏物語は「須磨」の回。どういう顛末かよくわからないまま光君が海辺に流されていく。何通りかの別れ。死別では諦めもつき、次第に忘れてもいくが、そうではない離別の場合、近い場所にいるのに会えないと思うと会えないのがよけいに苦しい。たしかにそうだ。
源氏物語370p
左大臣の邸を出ていく光君を女房たちがのぞいて見送った。西の山の端に傾きかけた有明の月はたいそう明るい。その月に照らされる、優美で、輝くばかりにうつくしい光君が悲しみに沈んでいる様子には、虎も狼も泣いてしまうに違いない。
同381p
泣き沈んでいた女君は涙をこらえ、いざり出てくる。その姿が月の光に映えて、はっとするほどうつくしい。自分がこうしてはかなかったこの世を去ってしまったら、この人はどんなに寄る辺なく落ちぶれていってしまうのだろうと思うと気掛かりで不憫に思うが、深く思い詰めている女君をいっそう悲しませてはいけないと、
「生ける夜の別れを知らで契りつつ命を人に限りけるかな
(生き別れることがあるなどとは思いもせず、命のある限りは別れまいとあなたに幾度も約束しましたね)
頼りない約束だった」と光君は口にする。
「惜しからぬ命にかへて目の前の別れをしばしとどめてしがな
(もはや少しも惜しくないこの命にかえて、今この別れを、ほんの少しでも引き止めておきたい)」
女君は応える。いかにも、そう思わずにはいられないだろうと、このまま見捨てていくのは本当に心苦しいけれど、夜が明けてしまっては世間体も悪いと思い、光君は急いで出ていった。
このあたりのすれ違いも、関係の数だけ恋があるのではなく人の数だけ恋があるのだと思わせられる。片恋がふたつ。