20260324

日記737

まもなく完成

2026/03/23 昨日 9366
21時すぎにスタバを出た後、ダイエーで氷結を買ってからミカンの入口で飲む。いつものコースだったが「実験中」と書かれた幟が設置されていて座るスペースが狭くなっていた。音楽を聞く。久しぶりにフレシノの『Coincidence』。いつもの景色といつもの通行人にいつもとはすこしだけ違うリズムが生まれたように感じた。あとは昔作った曲を2曲聞く。10年前の作で正直未熟だと思ってしまうが、そんなことは言われたくなかっただろう。これから10年の後、今書いている小説のことをもし未熟だとか抜かしやがったら許せないというよりはきちんと評価できているか? と返したくなるはずで、それは10年前も同じ感覚だろう。ずっと上がっていきたいが、全項目上がっていくことはこの先10年ではもうできないと思われる。半分下がって半分上がるぐらいにはなっていきたいが、それも実際のところどういう配分になるのかわりと未知数だ。とか考えながらしばらくじっとしたあと、家人のためにビーフンとノンアルビール、自分のためにジューシー肉焼売(40%OFF)、追加の氷結を買って帰る。帰ってから寝る準備をするまでの時間にヒロアカのアニメを2,3話分見た。最近死ぬのがこわいフェーズに入っている。ここ2週間ぐらいとくに顕著だ。季節の移り変わりを感じてもいるが、はっきりポジティブなものとは思えない。せめて飽きるまでは繰り返したいわけだが、そうならないうちに終わりになると思うと残念でならない。だから今、今を精一杯感じ取ろうという気分にはならない。そんな単純にできていない。だからブーイングをしたくなったり悪態をつきたくなる。一応それなりに単純にできている。


2026/03/24 今日 3569
一日在宅。上出遼平の健康チャンネルを見る。最新話まで行った。見始めてからずっと、未解決事件を取り上げて一体何をしたいのか理解できないわけだが、結局わからないままになりそうだ。それでも上出が言っていることを部分部分で見ると一貫してまとも、事に当たるために必要なだけの知性と情熱を兼ね備えていて、全体として意味不明、部分部分は理解しやすいということに今のところなっている。興味深いので小説を図書館で予約した。昼ご飯は志摩で買った炊き込みご飯のもとを使って炊き込みご飯を3合炊き込んで食べた。出すべきメールを出し、返すべきチャットを後回しにして定時退勤。スタバに行って小説を進めようとする。しかし普段の進捗の3分の1ぐらいの分量しか進まなかった。その分メモ書きをいくつか残し、別の日の自分の進捗に役立てようとした。スタバに行く途中で母親連れの未就学児童の男女が公園の端と端から「バイバイ」を言い合っているところに出くわした。女の子のほうが「また明日遊ぼうね〜」と言っていてかわいかった。それに対して男の子のほうが「いいよ〜」と返していて、その上から目線が気になった。かわいいふたりのやり取りだったので公園中を巻き込んでそこここで笑顔を作っていたが、男の子の上から目線が気になった人はそれなりの数いたはずだ。大人になるまでに反省して改めるようにしてほしい。スタバで書いているうちに血糖値が下がってふらふらしてきたのであわててバニラオールドファッションドーナツを追加注文する。すぐに食べてなんとか事なきを得た。円城塔のnoteを再読したがやはり面白い。考えるところまで考えてみればたしかに全部ファーストコンタクトだよ。
これとは別のタイトルだが卒論についての文章でエスノグラフィという概念を知って、いまの自分にとってとくに面白そうだったので、その知識を入れようと図書館で何冊か予約した。まだ20時前だが、日記を書き終えたらダイエーで氷結を買って飲もうと思っている。

20260323

日記736

長い影のときは短い

2026/03/18 五日前 4523
たぶん大相撲を見た後にスタバに行く。日記は書かなかったが小説の進捗はすこしあった模様。氷結を飲んで帰る。ダイエーで買って帰ったビッグチキンカツとピーマン肉巻き揚げをおかずに家でご飯を食べる。

2026/03/19 四日前 18478
午前在宅。必要な打ち合わせに出た後、最低限必要な雑務をこなしてから午後休にする。喉が痛いのを理由にしたが、安静にするうちにちょっとずつ良くなっていったのでバスケに出かける。環七を40-50分間歩いて会場の杉並区の中学校に行く。歩きながら『蠅の王』の第4話を見る。ピギーの魂の鳴き声が胸に迫った。たとえそれがどんな種類の悲惨でも悲惨は特定の個人に向けて襲いかかる。社会はときにそれを認知したり無視したりするだけで、感知する機能は持っていない。それは個人の領分だ。バスケはバテバテで好調とはいえない出来だったが楽しかった。ダイチャリで最寄り駅まで帰る。荷物を置きに家に帰ってから下北で友人Nと飲む。外、松屋、風知空知跡の順で飲んだがあまり疲れを引きずらず楽しかった。今の環境は最高だがいつまでも続くものではないとか言ってしんみりした話になりそうになった。それではつまらないので役所広司の演技はすごいという話をする。Nは役所広司はどの役をやっても役所広司という意見。自分も部分的にはそれに賛成なのだが、それと同時に、ということを言いたかった。役所広司なのに役所広司として見ていない瞬間があるという意見については同意を得られず。映画を演技に注目して見たり、集中して見たりということが少ないと感じられない部分かもしれない。Nはどんな物事も記号的に塗りつぶして見ることの達人で、見ているつもりの”つもり”度合いが人一倍ある。たぶん(集中せず)見ている量も多いだろうし。そもそも直近で映画を見ていないと役所広司のイメージが前面に出るのは自然なことだろうし。記憶を頼りにはできないのだろうし。まあ仕方ない。意見を聞くのも意見を言うのも話半分にしておいたほうがいいと思ってそうしているが、意見を言うことに関しては半分に調整して良いことはないので通じる通じないをべつにして全部で話そう。


2026/03/20 一昨昨日 19088
午前中はゆっくり過ごす。グランベリーパークまで『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を見に行く。宇宙空間を味わう系の映画はとくにIMAXで見る必要があるということを再認識した。しかし隣の客がアホみたいにポップコーンを食べていたので没入感というところまでは行かなかったのが残念だった。アホみたいというのは食べるタイミングを外的要因ではなくお前の食い気に拠って決めているところからだ。この場合、ポップコーン食いたくなったんだからしょうがないじゃん、以外の言い訳は存在しない。映画はもちろん面白かったが、手放しで見に行くべきとおすすめするほどではなかった。一度見れば充分。
映画終わりに友人Bの案内で町田をうろちょろする。霧雨のなかPEEL片手に歩き回った。友人Nも合流してからてんがらなんちゃらという居酒屋に入って飲み食い。ビールのあとに赤霧島ソーダ割りにチャレンジする。いつの間にか焼酎が飲めるようになっている。赤霧島は黒霧島より飲みやすかった。町田の公園を夜散歩してから帰る。結構歩き詰めに歩いた。


2026/03/21 一昨日 16980
午前中はスタバに行って小説をすこし進める。日記を書く時間はなかった。午後から渋谷に出かける。14時集合なのに14時20分の到着になってTCBのやつらに呆れられた。べつの友人の新しい就職先のイベントが宮下パークであったので一瞬だけ顔を出す。その後PARCOに行って屋上で松露のソーダ割りを飲む。800円もした。それ以外のアルコールが1200円だったのでそれでも安いほうだ。友人Nはなかむらという焼酎のソーダ割りを飲んでいた。おいしくなさそうだと思っていたが、ちょっと飲ませてもらったところやはり美味しくはなかった。美味しくないのに癖はあった。
その後、代々木公園に移って傾いた日が落ちるまでの短いあいだに今年第0回の花見をした。家人とTCBのふたりと、四人で漫然としたゼロカロリーの会話をできることも、これがいつまでもは続かないと思うと価値あるものに思えてくる不思議があった。そんな不思議はないほうがいいんだけど、目を凝らせばあるということが明らかになってしまう。
その後、Nは先に帰る。三人で原宿ビートル難民として安居酒屋に入る。トイレにピースボートのポスターが貼ってあった。「198万円」になっていて物価高なのか円安なのかその両方なのかを思った。いい加減な気持ちで注文を許可したモツ鍋が美味しくて意外な喜びがあった。表参道まで歩いて駅前ですこし飲んでから電車に乗る。下北沢で解散した。翌朝が早いので早めに寝る。


2026/03/22 昨日 29153
8時過ぎに家を出て狛江に行く。バスケの練習のためだ。3Pシュートを中心に身体を動かす。ハードには動いていなかったがけっこうな汗をかいた。
一旦帰宅してご飯を食べ、身体を休める。大相撲の千秋楽を見る。あおにしきが豊昇龍に負けて負け越しになった。高円寺に出かけてこの日2回目のバスケ。うすうす予感していた通り、脚の疲労で身体が思うように動かずフラストレーションが溜まる回になった。本当のところはハードなDFに手も足も出なかったかたちだが、それを言うと悔しいので態度にも出さず押し隠した。本当は悔しい。負けてもいいから勝負に行くべきだと思うのだが疲れでそれもできないのでとにかくジリ貧だった。ブザービーターでスリーが決まったのが救いといえば救いだ。あとは車で送ってくれるときに、川崎出身のさわやかな人と会話できたことが嬉しかった。嬉しさが余ってよけいなことを口走ったのが悔やまれる。「野球が嫌いです、面白くないし」という内容だ。相手が子供には野球をさせたくないと言っていた流れだったからそれ自体はいいんだが、こういうとき何が面白くないのかをはっきり言わないとただの不平家になってしまう。彼は格好良い人なので、とくにそういうふうに思われたくない相手だ。カーステレオで上出遼平の未解決事件についてのYoutubeを見ているということだったのでどんなのか見てみようと思った。


2026/03/23 今日 6801
朝から出社。三連休明けの嫌なときにこそこっちから向かっていく姿勢を見せるのがメンタルに効果的という経験則からだ。結果、功を奏した。午後から在宅に切り替えることでこの日はこれで終了という疑似的な体験を生み出すことができた。ここまでくれば「嘘から出た真」はすぐそこだ。豚とんで小らーめんを食べる。上出遼平関係のインタビュー動画をいくつか見る。なんだこの羨ましいやつは……という感じで”いけ好かない”評価だったが、拠点をNYに移しているというくだりで完全に閾値を超えた。絶対に許さない。本格的に羨ましい。健康チャンネルでニューヨーク・マンハッタン南端の朝散歩動画があったので再生。2年前のNY旅行を懐かしく思い出すよすがにする。泊まったホテルの近くで、実際に歩いた道が散歩コースになっていたので嬉しくなった。バーチャル退勤後、スタバに行って小説を進める。久しぶりに溜まっていた分の日記を書く。あれを書こうと思ったことがあったのだがその内容が思い出せない。たしか出来事ではなく気持ちのことだったから惜しい。取り返せないし。

20260317

日記735

通い慣れた広い道

2026/03/14 一昨昨日 8265
午前中に映画『トレインドリームス』を見た。一人称映画というのはドキュメンタリーではなく劇映画でしかありえない形式だということを思った。ドキュメンタリ映画については好きでも嫌いでもないが一人称映画は明確に好みだ。夕方から九段下に向かう。GEZANのライブを見に行った。まあまあの出来だったが新代田FEVERのほうがよかったと思う。全国をツアーで回ってきたらしいが、それぞれのライブハウスのほうがエナジーが伝わったのではないかと思う。あとはキャッチコピーの「お前らの退屈をぶちこわす」というのも素直に受け付けられない。素直には受け付けられないのではなく、ただ素直に、受け付けられない。なぜなら私は一切退屈していないからだ。他にもところどころ自分とは感覚が違うなと思うところがあるのだが(死生観とか)、それでも言うべきことを言っている感はバシバシ伝わってきて、自分も自分の道を遠慮なしに行かないと駄目だなという再確認になった。「最後の一曲です」という言葉を真に受けて、アンコールは聞かずに出てきた。早稲田のサイゼリヤに行って閉店時間まで飲食して帰る。


2026/03/15 一昨日 23183
午前中は家で『すばらしき世界』を見る。役所広司を見て学ぼうという意図で再生するのだが、つい気を抜くとすぐ三上にしか見えなくなる。本当に役所広司はすごい。部分部分を見るとその役でしかなくなるのに、全体で見るとはっきりと役所広司だ。このアンビバレンスな在り方をもっと研究したい。
フルート練習にカラオケに行っていた家人が帰宅。昼食に絶望スパゲティを食べに行く。そのまま梅ヶ丘の羽根木公園に行って公園のベンチに座る。子どもたちや子連れや犬や犬連れを見る。新しくなった梅ヶ丘図書館で本を借りて帰る。大相撲を見てからバスケで高円寺に出かける。このチームはとにかくバスケが好きという気持ちが他のチームより目立って強いからやっていてとくに楽しい。同じぐらいの身長の選手(でかい・うまい・はやい)にボコボコにされたが次は負けないぞ。


2026/03/16 昨日 9088
午前出社。午後在宅。行き帰りの電車内で昨日のバスケの動画を見る。大相撲を見る。途中20分ぐらいニーチェアのロッキングチェアでうたた寝。スタバに行って小説を進める。ミカンの入口で酒を飲み、吉野家で唐揚げ定食を食べて帰る。


2026/03/17 今日 6031
午前出社。午後在宅。豚とんで小ラーメンを食べる。行き帰りの電車内で『失われた時を求めて』を読む。大相撲を見る。打ち合わせに参加して議事録を書いてから退勤。この日はめずらしく家で作業。小説を書いてから日記を書いて仕事終わりの家人とトリキに出かける。

20260313

日記734

川音

2026/03/12 昨日 20530
午前在宅。仕事を進めつつ家事もこなす。バスケの用意を持って午後から出社。15時にオフィスに着く。中学校のバスケリングが壊れているとかで修理が終われば開催されるという話だっだのだが、首尾よく修理は完了したということでバスケ開催が決まって良かった。定例のミーティングに参加して、同僚と仕事の進め方について確認して、質問について返すべき回答を想定して定時で引き上げる。山手線で高田馬場まで、西武新宿線で中井まで。そこからバスケの会場になる中学まで歩く。年始頃に友人Bと歩いたコースそのままの道があり、こんなところに中学校があるんだと思った場所がバスケの会場だった。一度チラ見したものが、あとになってその詳細を明らかにするのは面白いものだ。この日のバスケは一生懸命走る楽しさがあってすごく疲れるけどすごく楽しいバスケだった。近距離でのシュートを外しまくったのが気になるといえば気になるところだったが、成功数の積算もそれなりで得点数が多かったことに免じて許してやろうという気になった。こういうこともあるのでプレー動画を撮るのは良いことだ。思い出にもなるし、しようと思えば研究もできる。バスケを録画しようという気がない人のことがわからない。すこし前の自分だが、思い返すと、わざわざ三脚を持っていったり、画角を決めたり録画ボタンを押したりするのが億劫だったというだけのことだ。自分が持てるプレータイムにはもう現実的な限りがあるということを理解しはじめた今となっては録画なしで済ませるのがどうしてももったいない。
バスケ終わり、東中野駅まで歩くために氷結無糖レモン500を買ってしまう。活気のある商店街も楽しいし、新宿駅の豊富な交通も楽しい。バスケも合わせると楽しい楽しい楽しいでこれが日常に組み込まれていることの強さを思うと手放しがたいという気持ちになった。


2026/03/13 今日 5013
午前在宅。後回しにしていた重めの2件が同じタイミングで襲いかかってきた。とはいえ昼からは作業立ち合いの用事もあるし、なんでもかんでも対応はできへんよと開き直って、低い精度の回答を作ってとりあえず出したり、立ち会ったり、お世話になってますとか言ったりした。
その後同僚からの質問などもあって30分の残業になる。この人が動いてくれるから助かっている部分が多くあったのでこの人が抜けた後のことが思いやられる。頑張れないし頑張る気もない。もう何も引き受けません、知らんがなという練習をしておこう。
帰宅して荷物をおく。すこしゆっくりしてからスタバに行く。小説の進捗はあったが、書きやすい内容を書いているという意識がある。書けるものしか書けないのはその通りなのだが、ちょっとは”書けてしまった”という特殊な作用も期待したい。その点からはすこし心配になる進捗だ。家人がフルートの練習を終え、22時半に下北に着くということなので飲みに行くことにする。

20260311

日記733

横スクランブル

2026/03/10 昨日 9569
日記書き終わりちょうどのタイミングで家人が来たのでそのままトリキに行く。乾杯でビール、2杯目に金麦を注文し、たれ貴族焼きモモ・ムネ、唐揚げを注文。2400円弱の会計。イオンで弁当と酒、明日の食材を買って帰る。ノーノーガールズの9話を見て寝る。appleのCMをよく見てしまったせいで結果のネタバレを食らっているのでデッドオアライブのヒリヒリがなくなってしまっている。あとはHANAにならなかったメンバーのために申し訳ない気持ちになる。


2026/03/11 今日 6739
朝から出社。対面でのコミュニケーションでQA対応をする。これが発生すると見込んでの動きだったので我ながら先を読んで動けている。昼からは在宅にする。午後のミーティングはウェブ参加で問題ないという読みからだったが、これもドンピシャリで当たった。大相撲を見ながら雑用をこなし、藤ノ川が躍動する結びを見届けてからスタバに行く。小説を進捗させてから日記を書く。20時すぎにスタバを出て駅前で飲酒する。出勤時の電車内で景色が流れるのをぼーっと見ながら、この視覚受容も一時的なものにすぎず、いつか感覚停止したらその後はもう二度と見られないのかということを思って、気分が落ち込んだ。心底最低すぎる出来事だ。

20260310

日記732

遠ざかる夢

2026/03/09 昨日 9601
ホテルで日記を書き終えたあと飲酒を始める。駅前の飲食店に行こうと思っていたが、考えをあらためてコンビニに行く。夜の散歩がてらもう1店舗の遠くのファミリーマートまで歩くことにしたら、さらに先にすき家・ガスト・魚民の看板が見えた。消去法ですき家に入る。旅で気が大きくなっていて、普段は注文しない牛丼(特盛り)を注文する。帰りに酒を追加してホテルに戻る。夜の鵜方は何の臭いかはっきりわからないが臭かった(たぶん川のにおい?)。ネトフリで映画『歌うたい』を見る。寝る準備をしてから今見ないでもいいお笑いの動画を見ながら寝る。ベーキングの池田・おしみんまる事件回。今見ないでも全然いいが、芸人たちの”粋(いき)”を見られて満足感があった。


2026/03/10 今日 6286
AMで仕事の用事を切り上げる。午後を全部使って帰路につく。超高速移動を含む移動だがやはり高揚はなかった。ただ近鉄特急が名古屋に到着したときに聞こえてきたおばあちゃんと孫との会話の断片が聞こえてきて、おばあちゃんがしきりに「大丈夫やから、大丈夫」と繰り返して、孫が言葉少なに「うん」と応えていたのが、何のことかはっきりとはわからないながら心臓を打ってきた。あとは新幹線で東京駅に到着し、駅構内を突っ切って中央線に乗り換えるとき、自分はやはり東京が好きなのだと実感をもって感じられた。旅の良さは、旅行先がどうこうということ以外にも、現在の拠点をどう捉えているかについてあらためてはっきりさせられるというところにあるのだと思った。大相撲春場所が始まっていることに気がついてあわててハイライト動画を見る。見ているうちに17時半に家に到着。テレビをつけて結びまで見る。大の里がまさかの3連敗でおどろいた。スタバに行って小説の新たな断片を書き進める。これも使うかどうかについて別途判断が必要になる内容だが、もし切る判断をするにしても立派な進捗だと思っている。日記を書いてからスタバを出る。これから家人とご飯を食べに行く。合流する前に外で氷結を飲むつもり。

20260309

日記731

あ然

2026/03/08 昨日 20378
スタバを出たあと豚とんで小らーめんを食べてから初台に向かう。目当ての展示は、予想に反して人ばっかり多く内容が乏しかった。コンセプトは面白いのだが、インタラクティブから得られるフィードバックが物足りない。あまりインタラクティブとか言わないほうがいいのではないかと思った。期待度が上がってしまうだけでもはやそんなに引きもないんだろうし。こっちから迎えに行こうにも数・量ともに少ないから圧倒される感じがない。そういう意味でTHE・日本の展示という感じだった。笑っちゃうところまでいかない。3つあるなかでは複数のカメラを使ってリアルタイムと過去の映像を混ぜて複眼的に出力する作品『欲望のコード』がもっとも面白かった。でも3つは少ない。残り2,3は予約が必要で体験できなかった。無響室には一度入ったことがあるが、そのときは音楽を鳴らされた。本当は音楽なしで体験したかったので今回のに参加したかった。
初台からつつじヶ丘まで移動する。そこからバスに乗り換えて調布総合体育館へ。18時から20時45分までといつもより1時間長いプレータイムだった。ゆるくて好き放題できることのよさがこのバスケの集まりにはある。それでもドライブを仕掛けないしスリーも失敗した1本だけしか狙わないし、フォローのためにコートを走ったり、リバウンドで貢献しようとしたり、自分にできるプレーに終止していた。もっとマインドを勝手気ままにチューニングしないと、これでは「楽しい」のにも限界がある。わりといつもいるハンドリングもポジション取りもプレー選択の早さ・正答率も段違いのプレーヤーといっしょにプレーできるのは楽しい。あとこの日は上手い女子ふたり組がいた。ふたりともバスケが似合うチャーミングさを具備しているうえに動作が美しい。走る速さも速く、あまりのスピードに思わず笑うなどして愉快だった。終わってからは西原というバス停まで歩き、バスで調布駅まで。京王線の特急に乗って明大前乗り換え、下北沢まで。直前に走り去った吉祥寺行きのバスを逃したのが痛かった。ローソンで200円引きで買ったデミハンバーグ弁当を食べる。翌朝が早いのですぐシャワーを浴びてすぐ寝るよう努める。有明のタワマンで遊んできたという家人が帰って来るも寝るのに忙しく構いつけず。


2026/03/09 今日 5400
6時40分に家を出る必要があるのになぜか挑戦しようという気になり、ぎりぎりまで寝ようと6時25分にアラームをセットした。結果、準備には最低20分かかるということを知った。残りの5分を挽回するために家から下北沢の駅まで走る。二日連続バスケの足疲労に鞭打つかたちになってしまったが、乗るべき電車には間に合った。井の頭線、山手線、新幹線、近鉄線と乗り継いで鵜方駅まで行く。移動距離・時間ともに立派な旅だ。それなのにあって然るべき気持ちの高揚がない。いつの間にか新幹線に乗り慣れたのか、伊勢志摩がまったく初めて行く場所ではないからか、理由を考えようとするのだがどれもそれらしくない。考えているうちに「ここにいる」という感覚がうすいからだということになんとなく思い至った。昔はもっとここにいるという感覚が強かった。いつもいる場所にもそこから抜け出せない気がして縛られているという感じがあったし、その反動で、日常とはちがう場所に行くと解放感から自動的に高揚したものだった。今はいつでもどこにでも行ける気がしている代わりに、いつどこに行っても感動がないどころか感想もない。来たんだからここにいる、そりゃそうだよなと思うだけだ。ここにいるということは考えてみると異常なことなんだが、それにしかるべき異常さを感じ取れていない。当たり前のようにしてここにいることの恐ろしさとつまらなさを思うと、もっと揺さぶってやりたいとも思うのだが、そうすること自体が何か、どこかに見せるためのポーズのようで作為的な営みに感じられる。作為的だろうがなんだろうが、恐怖や退屈に立ち向かうためにそれが必要なのだったら強いてでも敢えてでもとにかくそれをやれというだけのはずなんだが。それならそれでべつにいいじゃん、と。もう敵の力量を過大に見積もるつもりはないよとえらそうなことを抜かしやがる。そうすると一旦は口をもごつかせつつ、中年らしく「だったらいいけど?」とも思う。肩に力が入っていない。それは良くなったことに数えられるだろう。しかし困ったことには、もう結構どこにも力が入らない。眉根も寄らず、それが困ったことだと感じるセンサーもぶっ壊れている様子だ。
タクシーで場所に行き、ただそこに居るだけの用事と大小合わせて都合4回の用便を済ませて、タクシーで駅前まで帰る。駅前のホテルにチェックインし、荷物を置いて夕飯を食べに店に入ろうかと思ったが、このまま酒を入れると何もしないで一日終わることになるので、コンビニで氷結無糖塩グレープフルーツとコーヒーと水とスイーツを買ってホテルに戻る。部屋で日記を書く。小説はエディタを開くだけ開いて進捗はなかった。
なんか最近「楽しい」とか「楽しむ」とか言い過ぎている気がする。大学の頃、深夜の鴨川を歩きくだりながら友人が「楽しいなあ」を乱発するのを冷ややかに見ていたのに、いつの間にか自分が同じことをしている、ということを多分また書いている。当時の自分曰く、本当に楽しいときには楽しいとは言わないし、楽しいとも思わない。それは真実だったが、びっくりするぐらいあっという間に過ぎ去っていってしまった。あれらの出来事は全部、遠くになって、今振り返ってももう現実感がない。あのとき友人は楽しいということが真率であってくれるようにと祈るように口にしていたのだと思うが、自分はこの瞬間を引き止めたくて祈るような気持ちで口にしているところがある。どちらも馬鹿馬鹿しいことだ。馬鹿馬鹿しいうえにちょっとかわいそうという、一番閉口するラインだ。過去を訪ねられるものなら訪ねたい。

日記737

まもなく完成 2026/03/23 昨日 9366 21時すぎにスタバを出た後、ダイエーで氷結を買ってからミカンの入口で飲む。いつものコースだったが「実験中」と書かれた幟が設置されていて座るスペースが狭くなっていた。音楽を聞く。久しぶりにフレシノの『Coi...