20260303

日記727

待つ

2026/03/01 一昨日 23313
スタバを13時半すぎに出て吉祥寺に移動する。吉祥寺ですた丼を食べる。すた丼の下北沢店は目に見えて質が下がっていて行くに行けないので良い機会だった。PARCOの音楽ショップで家人と合流。試奏で電子ドラムを叩いてみる。ドチタチドドタチしてハイハット、スネア、バスドラの音色に感動した。東急に移動してスタバのモバイルオーダーでワンモアコーヒーを注文する。地獄のような行列ができていて注文から20分待った。屋上の太陽の広場で、友人Nとその娘と合流。子供がたくさんいて良い場所だった。1歳未満は最年少の部類。私の身なり風体が恐ろしいのか、たびたびハイハイをして芝生の外に出たがった。友人が一計を案じ、白いせんべいの餌付けなどをさせてくれたこともあり、途中から慣れてきて恐くなくなったようだったが、嫌いではあるという大人顔負けのスタンスをとられた。日が傾き始めたタイミングでボードゲームショップに移動する。ヨドバシにも行ったが友人が目当てにしていたゲームは見つからず。荷物を持って歩き回るのに疲れた。公園の入口まで行って日没後の雰囲気をすこしだけ楽しむ。娘は暗くなるとすぐグズり始め、父に寝る態勢をとらせてもらったら15秒も経たずに寝た。吉祥寺から高円寺に移動。10分はやく着いたので余った時間で芥川賞の受賞者コメントと本文最初の2,3行を読む。丑男が漱石の「牛のように図々しく」からペンネームを取っていてフォークナーが好きだというのが印象に残った。方向性がそっちだから当たり前だが同じところを見ている。嬉しいというよりもすこし鼻白んだ。一方、バスケはかなり白熱した。いろいろなところに顔を出しているが、ここが一番バスケ熱があり、バスケ好きの雰囲気が強く出ていて自分好みだ。最後の試合でつりそうになったのをぎりぎり回避できた。例によってめちゃくちゃくたびれたが、川崎住みで車で来ているメンバーの人が世田谷代田まで送ってくれて超ラクチンだった。ありがたい。この人とこの日同乗した人は年も近くてバスケが好きでしょうがないという感じで、コートの内外で雰囲気が良いし、チームのために動くのが自然になっていて、とくに尊敬できるプレーヤーだ。尊敬できるプレーヤーといっしょにプレーできるのはバスケの楽しみのひとつでもあるから、やはりありがたい。ローソンで200円引きになったデミバーグ弁当を買って帰って食べる。


2026/03/02 昨日 18783
朝から出社する。山手線で前日のバスケプレーハイライト動画を見ていたら夢中になって田町まで乗り過ごしてしまった。慌てず騒がず一駅戻る。上のオフィスまで行ってからPCを開くと遅刻になりそうだったのでロビーでログインしてそのままそこで朝礼参加まで済ませた。なんだかわからないがとくに気分が塞ぐ日で、重りをもって歩いているようにどんよりしていた。昼すぎから在宅勤務にするも全然快方に向かわず。気晴らしをしようと狛江のバスケを予約する。二日連続バスケになるのであまり良い考えではないが、それを止めることも難しかった。結局バスケに行ってもその暗さはとれず、足の疲労で動きも制限されるし、俺はなんでここにいるんだろう? という身も蓋もない無駄な疑問に苛まれたりした。しかし汗をたくさんかいて、狛江湯の温冷交代浴でそれを流したことで、いくぶん気分がすっきりした。そのおかげでほんのすこしの寝不足が祟っているのではないか? と正解に近いところにたどり着けたので、帰って家人に作ってもらったひき肉となすの炒めを食べてできるだけ早く寝る。睡眠時間確保のため、翌日午前を在宅勤務に決める。
小説を書こうとすると、気分が落ちるところに自分から近づかないといけなくなる。そうすると、なんで小説なんか書こうとしているんだ馬鹿馬鹿しいという気分にもなる。何度も行って慣れるしかないんだろうが、やはり本質にはちがいない。なんで小説なんか書こうとしているんだ。


2026/03/03 今日 1967
必要よりすこしだけ長く手を触れ合わせることでお互いの好意に気づくというハッピーな夢を見た。睡眠時間短い仮説は当たっていたようで、8時間の睡眠のおかげで、謎の気分の落ち込みから見事回復を遂げる。一日在宅勤務。ある程度仕事をこなし、すこしだけ『八月の光』を読み進める。前日、バスケに行く途中でkindleを開いて歩きながら読んでいたら、ジョーが「嫌だ」という場面で母親の漕ぐ自転車に乗った男の子が「嫌だ」と言っていてその符号がおかしかった。母親の優しい声音の「目薬がんばろうね」に対してすこし考えたのか一瞬の間のあと「嫌だ」と回答していた。母親が「いやだ、か」とウケていたようだったのもよかった。八月の光は陰鬱な場面もわざとのように明晰で、暗い気持ちになるが暗い気分にはならない。こういうことを言うと気持ちと気分がどう違うのか説明するべきなのかもしれないがそんなことはしない。バスケの動画を見る。刃牙道を見る。フィジカルの優位があるんだからもっと格闘以外の面白そうなスポーツをやってみたらいいのにと思った。定時退勤してスタバに行く。これまでの日記を書いてから小説(日記を助走にする)という順序をあらため、小説を書いてから(書けなかった場合でも書こうとしてから)日記を書くという順序にする。この順が正しいという気がする。実際そのおかげですこし進捗があった。

20260301

日記726

ずっまよ(ずっと迷っていきましょうや)

2026/02/28 昨日 17934
家人と遅めのランチでハヌリという韓国料理屋に入る。チーズタッカルビ丼プレートを注文する。焼き石のどんぶりにたっぷりチーズと赤いソースの入ったボリューム満点のチーズタッカルビで、4品の小鉢にサラダバーも付いて、つい残してしまうほどの満腹を提供してくれた。ひとりで入っても満足感があるだろうが、2,3人で入ってわいわい言いながら食べるのが良さそうな韓国のお店という感じだった。満足感が高かったのでまた行きたい。お腹いっぱいになったので腹ごなしに歩いて帰宅。途中ボーナストラックでやっていた卒業制作展示をのぞく。「始点・終点・始展」という好みの展示名だった。のっけから渋谷での展示の紹介と人狼×謎解きのオリジナル?ゲームの紹介があっていろいろと興味を惹かれた。家でアニメ呪術廻戦の日車本格登場回を見る。全体にとてもよかったが、とくに舞台照明は劇的で、タイムリーに感じ入ることができた。日車が初めて呪術をつかう法廷のシーンでいちはやく”ヤバ”さを察知しそろっと捌けようとする助手の動きが面白かった。タリーズ時代の友人が急遽東京にくることになり、飲もうという話がもちあがった。集合場所に原宿を指定していたのだがおみやげの赤福をホテルに忘れたとかで取りに帰ることになったので、柔軟に、集合場所を日比谷に変更する。ミッドタウン前で合流し、高架下をきっちり二周したあと、元祖赤ちょうちん系の古典的な焼き鳥屋に入る。生中が650円したが、せこいサイズのジョッキではなくドイツ人が好みそうなしっかりした形のジョッキだったので、意外と割安かもしれないということを思った。諸般の都合(タッカルビ)により満腹感がとれず、焼き鳥にもほとんど手を付けなかったが、ひとくち食べて質の良い焼き鳥だということがわかった。近況話のなかに2024年のNY行きがあり、写真を見てもらう。友人はアメリカ行きが夢だということでとくに西海岸に行きたいと言っていた。そのほか結婚生活の話などをする。友人にはライブ終わりの妹を回収するというミッションがあったので飲みをそこそこに切り上げて九段下まで移動する。ローソンでカフェラテともちぷよを奢ってもらい、ライブ真っ最中の武道館に移動する。ライブの盛り上がりの音が外まで漏れてきた。終演後、大量の人が吐き出されてきて、その中に友人の妹もいて無事合流。彼女も他の聴衆たちもライブの興奮が冷めやらない様子で、これだけの数にブロードキャストで熱狂を届けるミュージシャンというのはすごいものだと、前世紀的な感想をいだいた。足が疲れたということだったので九段下で解散し、家に帰る。ぼーっとしていて表参道で降りそこねたので渋谷経由で帰る。氷結無糖レモンロング缶を飲みながら帰宅。セブンで買った関西風肉うどんを食べてからもう一度呪術廻戦のアニメをヘッドフォン装着のうえ見る。その後フィギュアスケートがすごいということだったのでyoutubeで見てから寝る。見たかったアリサ・リウの演技は動画にたどり着けず見れずじまいになった。


2026/03/01 今日 3077
8時半すぎに起きる。映画の日なので映画でも見に行こうかと思ったが、気晴らしの映画鑑賞よりも自分の小説だと考え直し、スタバに入る。前日、友人にも小説を書こうとしていることを話すなどして自分にも発破をかけていたのが効いた。周囲に言っていくのが自分の行動を制限する意味でも効果的だ。しかも誰にでも話せる話ではないから、こうやって親しい友人相手に言っていくのがよい。小説執筆用のアイウェアを装着して2時間ぐらいうんうん唸る。すこしだけ進捗した。日記を書いてからスタバを出て吉祥寺に行くことにする。友人Nとその娘に会うためだ。その後、高円寺に行きバスケに参加する予定。ということで13時半にスタバを出る。どこで昼ご飯を食べようか。下北沢か吉祥寺か。

20260228

日記725

シモテハケ

2026/02/27 昨日 12893
TCBのBとまず合流してビールで乾杯。駅前をぐるりと回ってからエキウエ手前の階段で飲む。演劇が終わったらさいちゅうには過大に感じられていたいろいろを冷静に見つめるようになるという話をした。プレーヤー視点ではすごい動きをしているように感じられるが、客観的に見ると良いも悪いも大したことではないというたぐいの、情けないというか心細い話。Nも合流し、氷結無糖レモン4%を買ってミカン入口で飲む。トリキを提案するとやはりテンションが上がるのか即採用される。しかし2階の店も地階の店も満席で入れず。じゃあどうするかとすこし頭を動かす。せっかくなので行ったことのない店に入ろうという話になり、つねに目に入りながら選択肢から自動消去していた鶏ヤローという店に入ってみることに。レモンサワーが100円という破格だった。エビセン、枝豆、キャベツの三択から選べるお通しにエビセンを選択し、唐揚げ10個を注文。若い客の活気のある雰囲気を味わいながら飲むと酒が美味しかった。実際にはレモンサワーがほんのすこし臭い気がして嫌だったのだが折角の機会なので雰囲気に誤魔化されることにした。唐揚げの余り1個に対して、1〜100のあいだで自分の食べたい度数を発表してその数字が高い人が残り一個の唐揚げを手に入れるというゲームをする。自分以外のふたりは「100」と回答。一個だけ残った冷めた唐揚げを「100」で欲しいというふたりは頼もしいやら情けないやら。自分は「70」というどっちつかずの数字になった。たしかな欲望を感じる数字で、これはこれで気持ち悪さがある。お前らには他にやりたいことがないのか? と疑義を呈すると、片方からは「俺にはつねに0か100しかない」というあまりにもデジタルな返答。本人のキャラクターと合致している。もう片方はゲームの眼目を理解していないのか、理解していながらゲームの成立よりも唐揚げの入手を優先したのか、いずれにしても本人のキャラクターとの乖離があり、むしろそこに合致が見られるような込み入った納得があった。梅ヶ丘の羽根木公園まで夜梅を見に行く。現今の目を覆いたくなるような政治やそれを受け入れる風潮についての不満というか恐怖心の話。Bの文筆仕事の話(もっと書評の仕事がほしい、ブログに書評を書くのと媒体に載せるつもりで書くのには書き方がちがってくる)、あとは自分が小説を書くためにもっと時間を使うべきなのに日記を書いて時間が過ぎてしまうという話をした。書けない小説を書こうとするより書ける日記を書けばいいと言われる。まあそうなんだが、そういうことではない。ピースを構築したい。ひとかたまりのブロックをどんと置きたい。下北沢の駅まで見送って帰る。ゆっくり寝る準備をして1時半すぎに寝る。


2026/02/28 今日 4552
9時半に起きて、ゆっくり出かける準備をしてから11時すぎにスタバに入る。エキウエが満席だったのでクラシックのほうに入る。小説について考えて、それなりに良さそうな箱を見つける。構成を考えたりする前にすぐに書き出してしまった。ぐっとこらえて書き続くようにまず構成を考えたほうがいい。書き始めるのはいつもテンションなのだが、書き続けるのに必要なのはテンションを離れた構成のほうだ。冒頭になる部分と冒頭かわからないがどこかに配置できる部分をすこし書いた。日記を書いて13時40分になる。まねきねこでのフルート練習を終えてスタバまできた家人と昼ご飯を食べにいく。

20260227

日記724

夕映え通り

2026/02/24 一昨昨日 6573
スタバを出てから家人と駅前で合流してトリキに行く。家人を待つあいだ20分ぐらいミカンの入口で氷結無糖レモンを飲んでいた。反省というか反芻というか、吸収できるところがたくさんあるはずなので、それらをひとつひとつ俎上に載せて一機アップのキノコよろしく活用しようという肚だった。無理に反省しようとしたり、太郎冠者(猿)のように反省のポーズを取ろうとしたりしなくていいが、もし次があったらこうしようと思うのは、ゲストのような顔をしてそこにいる時間をごく最初のうちで終わらせて、ホストのように振る舞う時間を多くするよう心がけるべしということだ。もしそれで失敗したとしても勉強にはなる。ゲストのように引いた姿勢でおとなしくする練習はもうやり尽くしていて、それは達意の域、経験値もカンストしている。


2026/02/25 一昨日 10295
午前在宅勤務。午後休を取って狛江湯に行く。温冷交代浴で神経をゆるめられた。脱衣所で服を着ているタイミングでおじさんに「かっこいいね」と親指を立てられる。オーラ消すの忘れてたか? と一瞬焦ったが(褒められていないことによる狼狽)、洋服を褒められたのだと気づき恥ずかしくなった。松の家でダブルロースカツ定食を食べる。帰宅して30分間の昼寝。夕方から勝どきの第一生命ホールまでクラシックコンサートに出かける。演目はメンデルスゾーン、モーツァルトのフルート協奏曲、ビゼーの交響曲、アンコールにはアルルの女のアダージョがかかった。去年のヴァイオリンソロがひとり立ち向かうような立ち方だとすれば、今年のフルートは受けたり流したりするような柔軟な立ち方で、そのちがいが面白かった。こうやって聞くとやっぱり音楽はいいものだ。ただし、演奏中に子供がおしゃべりしていたり、ソロで息継ぎの息遣いの音が聞こえるような張り詰めたなかで咳をするおばさんがいたり、音楽の外にあるお邪魔が気になった。演奏主体やほかの聴者の邪魔をするぐらいならその席を空けておいてほしいものだ。帰りに勝どき駅近くのチェーンイタリア料理店に行こうと思ったが満席だったので、仕方なくなか卯で親子丼を食べた。翌日はものすごく早起きになるのでなるべく早く帰ってできるだけすぐ寝る。


2026/02/26 昨日 26689
朝5時起きで東京駅6時20分発のバスに乗り込む。よっぽどトロトロ行ってやろうかと思ったが、コミュニケーショントラブルが発生したらしく、至急対応が必要になったので、時間通り現地に入っていてよかった。施設の主的存在とコミュニケーションを取ったりしながら工事の進捗を報告する。なんとか午前中に完了した。蕎麦やに行ってとじそばとミニ天丼を注文する。そのほか仕事の調整をちょこまかとこなし、バスケに行くためには出なければいけない時間になんとか飛び出す。館山駅から海まで歩き、今回の稽古で学んだ発声練習をして喉を開いてから、海に向かって大声でセリフを言った。なんとなくそこに弔いの気配が漂ったのは、夕日になりかけの傾いた太陽が差してきたのと、干上がった砂浜に大きな魚の死体を見つけたのと、強風で椰子の木に激突させられたのか海沿いの道端に雀の死体を見つけたのが影響したかもしれない。とにかく、終わった演劇作品のセリフを言うと変な感慨が湧くということがわかった。
館山駅前のスペースでクレープを食べてからバスタ新宿行きのバスに乗り込む。乗る前に危惧していたとおり渋滞に引っかかった。とろとろ走る時間が長かったにしては遅れは15分で収まり、バスケ参加にはほとんど支障が出なかった。荷物を減らすためボールを持っていかなかったのでシューティングの時間はなくてもよかったのでそれを考えるとピッタリの時間になった。この日も調子よくプレーできたが、活動限界を超えて動いた感じがあり、帰りの電車内ではかつてないほどヘロヘロになった。帰ってすぐシャワーを浴びてできるだけすぐ寝た。23時半。


2026/02/27 今日 4038
朝から大手町で用事。終わってから代々木上原駅の中華で昼ご飯。ご飯大盛りに100円かかるようになっていた。それでも美味いしお得感はまだある。帰って刃牙道と前日のバスケのプレー動画を見る。日記を書く。電話がかかってきて内容について予想できたので「はいそうです」とか答えていたら全然そうではなかったので火消しに失敗。ボヤ騒ぎが持ち上がる。電話で詰められるのが30分にもおよんだ。よくそんな体力あるなと感心させられた。はっきり言ってばかばかしいが、適当に話をしているだけで時給が発生するのと、ラクな姿勢で申し訳なさそうに反省の弁を述べるシチュエーションが面白かったので、そこまでストレスがかからず。しかしバスケの予定があったりした日にはめちゃイラつくのだろうから、何事にもタイミングがあるということか。この日は「本当に申し訳ないと思ってます?」を一回しか言われなかった。演技力・表現力が向上した可能性がある。1時間残業してからTCBのメンツで下北飲み。興が乗れば梅など見に行くかも。

20260224

日記723

このひととき

2026/02/23 昨日 11598
この日はいわゆる千穐楽だった。結局、家人は4公演すべて観に来てくれて、この日は元職場の後輩たちを連れてきた。自分にはまだ出番があるのに、へなへなと力が抜け、局限性の花粉症にかかったりして大変だった。楽屋で鼻をかみかみ、次の衣装に着替えてから溜まりに降りていく。場所と仲良くなるということができたのかはわからないが、最初に見たのとちがう顔になったような気がする。牙も生えてなければツノも生えていない、ただし、いたって普通というにはやや眩しい、舞台の顔。恐ろしげではあるが必要以上に恐れる意味も必要もない。自分はとりあえずは自分の出来が気にならないというところまで来れたのではないか。これ以上の表現は何をどうやっても自分には(まだ)できない。楽しいとか、楽しかったとかいう必要がないだけのそれがあり、そのことに対する深い満足感があった。やったらやっただけ楽しい。自分は何かを犠牲にしてまでも演じたいという思いは持たないだろうから、これが天井なのではないかという予感がある。それで3年前にもそう思ったように、しばらくは演劇は良いかなと考えていた。ところへ、来年も、今回の作演出がプログラムの作演出を担当するという本当に想像していなかったことが発覚し、終わったと思っていたレールにその先があるということが急に明らかになった。演出と演助に言おうと思っていた感謝の弁を引っ込めることにした。俳優が演出を尊敬しすぎることになる(犬が腹を見せるように腹を見せる)のは、百害あって一利無しだと思うからだ。もろ手を上げて敬意を示すというのはプレーヤーたる者のやっていいことではない。これに続きがあるとわかったとき、即座にまたやりたいと思って、感謝の弁を控える方向に舵を切ったということが結果的に表わすことになるものはあるが、それはまあ仕方ない。自分は自分の感情をそこまで徹底的に管理できない。「またやりたいです」と思ったことを確答しないという中途半端な管理になった。でも今はそれでよかったと思っている。
次回については、自分への”ご褒美”として参加しよう。今回、自分の得た実感として、俳優というのは人の作ったレールに乗って走る貨車のようなもので、創造において”良いとこ取り”をする存在だという気づきがある。それはそれでたしかに楽しいのだが、自分が楽しめる範囲はその外にもあるはずだ。これからも演劇に関わりたいのであれば自分は演出をやるべきだ。すくなくともそれを見据えないまま役者や俳優として活動するのは、単なる気晴らしであれば可だが、そこに傾注してシリアスになるには全然足りない、まさに役不足だ。
というわけで、次回までに自分がやるべきことをやれたら参加するということに決めた。とにかく書かなければならない。何を書くのかといえば日記ではない、小説だ。
それはそうと、役者の人たちとの飲み会は本当に刺激的で楽しかった。とても上手な俳優が「役を自分に引きつけてラクな方へ逃げた。もっともっと役にアプローチできたらと思って挑戦しようとしたけど難しかった」という主旨の反省をしていて、だからこの人の演技は見る者の心に響きを与えるんだと、これが役者としてシリアスに楽しめる、演技を楽しむ範囲が深い人のやり方なのかと感服させられた。あとは、舞台を見ていて自分がそこに立っていないことが悔しくなって参加を決めたという出演者、舞台の上で人に見てもらっていると感じることが楽しいという出演者など、自分には考えられないような視座があり、こういう人たちが俳優なんだと思わさせられた。彼らの横に並ぶと自分は俳優でも役者でもないただの出演者だなと思う。謙遜でもなんでもなく、自分は”俳優でも役者でもないのに舞台に立って演技する人”だ。ある種の舞台にはそういう人にも居る位置があると思うが、その生息域は限られるだろう。
出演者の話で一番刺激的で悔しかったのは、漫画を描いているという人がいたことだ。仕事も恋愛も推し活もやりながら、漫画を描き、演劇にも参加するというバイタリティが何よりも格好良かった。来年も参加するかどうかという問いに対して、「今回の参加にあたっては漫画を描くのをお休みしてその時間を演劇に使ったのだが、来年は漫画を描きたい」という回答をしていて、これこそが自分の言いたかったことだと、言うべきことだったはずだとつい歯噛みをした。自分の描いている漫画についても「よく見せられるね」という同好の士に対して、「自分は見てもらって全然構わない、見てどう思うかはその人の領分であって自分の領分ではない」という主旨のことを言い放っていて、その格好良いセリフと、それを言うとき真っ直ぐどこかを見ているような説得力のある眼差しに嫉妬した。自分が良いと思うように生きている人間の目だ。それは演技が上手いとか表現がどうとかいうのを超えて、同じ志を持つ者にアプローチする。家人の友人が、彼女のどういう部分を良いと感じたのか、くわしく話していないから聞けていないが、たぶんそういう直線の部分を敏感に感じ取ったのだろう。役へのアプローチも、役の”推し”を想像することで、自分が自分の推しを推す感情でまずは繋がり、そこから役に迫ろうとするというもので、なるほどと膝を打つような説得力があった。小細工をせずにまっすぐ最短で迫ろうとする理詰めの部分。そういうところも敵わないと思わせてきた。悔しいというのにしても、せめて悔しいというスタンスをとらないと駄目だろうと思うからそう言ったまでで、本当のところは(現時点では)敵わないということになる。さすがに今回は完敗だ。


2026/02/24 今日 3524
一日在宅勤務。演劇出演者が出演する夢を見る。幼い娘を演じた共演者なのだが、この短さで登場するのはそれだけ自分の中に存在感があるということだろう。なぜかいっしょにバスケをしていて、そこはリングまで異常に遠い倉庫のような場所なのだが、ちょっと目を離した隙に骨折→治療をして再登場した。笑顔で明るく「骨折しちゃいました」と言うので、「どういうプレーで?」と聞くと、相手の悪質なファウルだということがわかって、そいつを見つけ出して復讐してやると思ったという内容の夢だった。あとは漢字の組み合わせで四人分の名前を作れるという、叙述トリックに使えそうだなと閃く夢を見たが、夢現の状況ながら、感じが違うんだったら叙述トリックにはならんやろうとツッコミを入れてから二度寝をした。
仕事は休んでいた分のフォローをしなければならないこともあって忙しかったのだが、とにかく元気が出ない。これが軽度の燃え尽き症候群かと心当たった。起き抜けにインターネット情報で「憲法改正案」というのを見て、その内容が意味する”進みたい方向性”に「え?本当に?」とびっくりしてげんなりしたこともある。
元気が出ないまま働いて、30分ほど残業してからスタバに行く。日記を書く。21時から家人とトリキに行く予定。今回の演劇体験についてはまとまった文章を書くべきだ、が、とりあえずは日記に書く分だけ。まとまった文章については「演劇演出論」的なものになる想定。ややサイズダウンして、「こうやって演出しろ」というTIPS集になるかもしれない。

20260223

日記722

おしゃべりでもなく歌わない


2026/02/22 昨日 9269(途中から)
スタバを出て梅窓に向かう。梅窓の前の道で仲間の出演者がビラ配りをしているのに出くわす。つい自分もビラ配りをすると申し出てしまい、うどんを食べる時間がなくなったので、あわてて松屋に入って牛めし(つゆぬき)を食べる。その後、本多劇場から4枚ほどビラを持ち出し、そのへんで配ろうとする。風が強いし、人相があまりよくないし、人相がわるいし、場所がよくないからか、30人ぐらいに声をかけて一枚も配れず。もとの場所に戻ってみると仲間がふたりに増えていて、つい3人目の配り手に加わってしまう。前日のブリーフィングではひとりひとりの目を見て配るのがコツだと聞いていたので、3人で配るというのはコツに反するやり方だった。「別の場所で配ってきます、ビラ半分もらいます」という申し出をそのまま受けて、ビラ補給要員としての働きに終わった。その後すこしビラ配りをしようという気配だけ出して、楽屋がオープンする時間になったということでそのまま劇場に入る。先に楽屋に着いていた仲間から「配れましたか」という至極真っ当かつ事前に想定できる質問を受けたので、すかさず「ばっちり!」と短く回答する。まあ、嘘も方便という言葉もあるので。どんな人でした?という質問に備えて、サングラスをかけたお兄さんと優しそうな女性、という回答を用意していたが、向こうも嘘も方便という言葉を知っていたのか、そっち方面でのそれ以上の展開はなかった。
この日はとにかく袖で笑って(口角をあげ、目尻を下げる笑い顔を作って)、できるかぎりやわらかくて大きい第一声を出そうという目標を立て、それ以降は相手とのセッションだという意識でのぞんだ。客席にTCBの連中がいるというのも助けになって、前日とはちがうパフォーマンスを出せたと思う。自分以外の全体としてもたぶんテンションが高く、しかも集中力が高い、高パフォーマンスだったと思う。TCBの連中はMRんがかわいかったとろくなコメントを発さなかったが、自分としてもこの日はとくに彼女のパフォーマンスが発揮されていて、いわゆる「良いお芝居を見た」という観劇体験に大きく寄与していたように思う。家人の友人はSTキがとても良かったと、さすがお目の高い評価をしていて、直接俳優にも声をかけたらしい。そういうことをできる人間というのは素敵だなと思う。良かったと思ったとき「良かった」ということの価値は相当高い。STキに対する高い評価というのは、自分の役柄のこともあって鼻が高い。
そのまま友人たちと家に行き、代田ボードゲーム会をやる。まずはドブルでアイスブレイクしてからタイムボムとワードウルフで遊ぶ。あっという間に20時、21時になり、新婚のふたりを迎えてまたワードウルフで遊び、22時を過ぎておひらきになる。充実感のある一日になった。


2026/02/23 今日 3489
公演最終日。朝ご飯を食べてシャワーを浴びてから11時頃に家を出る。スタバが満席だったのでブルックリンにくる。日記を書くためにテラス席に座った。この日の気温は最高20度オーバーの小春日和で、シャツにカーディガンを羽織っただけという出立ちでテラスにじっとしていても全然寒くない。日記を書いているとまだ終わっていないのにもう終わったような気持ちになる。終わり方にもまだ知らなかった種類のものがあるのかと気付かされた。初日、二日目、三日目と、その日の公演が終了するたびに、「ああ終わった」と切ない気持ちになるから、それを繰り返したことで、”終わり”の感覚を先取りできるようになっているということだろう。終わるのがいやだという気持ちが自分には強く、いつもそればかりに意識が行って、そのそばにあるものに光が当たらないというようなことが起こっているが、こうやって終わりが繰り返されたおかげで、じつは終わるのがいやな気持ち以外にも、必ずしもわるいとは言えない、かといって良いとも評価できない未知の感情があるのではないかと、見当がつくようになった。
直接会って話ができるうちに言いたいことは余さず言っておくようにしよう。オーラス。本当はうつろ稽古をやりたいぐらいだ。いや、最終公演で終わらせずやりたかったらやればいい。これで終わりだという感情はのせたくない。今日も「やわらかく、大きく、相手を見て」。

20260222

日記721

止まらない思い出化

2026/02/21 昨日 
スタバを出てから13時すぎに楽屋に入る。劇場最寄りのローソンで買っていったおにぎりを楽屋で食べる。楽屋でなにかするとちょっとずつ場に慣れるはずだという目論見と全然違って、出演者とおしゃべりをしても緊張が解けない。前日に一度客前舞台に立ったのにもかかわらず、まだそのときと同じかそれ以上の緊張があり、時間がたって落ち着いていくどころかどんどん緊張していき、結果浮ついたまま本番を迎えてしまった。昨日の反省点、もっとこうできたら良いと思ったところを意識して、意識しすぎの状態になってしまったように思う。昨日の今日で本当に情けないことだが、日記に書いた”えらそうなこと”がちゃんと全部自分に跳ね返ってきたかたちだ。この日のみんなは(相対的にとかでは多分なく、実際に)ちゃんと良くなっていたし、あんなことを書かなければよかったと後悔している。とくに公園・雑踏・デパートにおける自分の一連の動きにはやわらかさのかけらもなかった。修正点を修正するなんて器用なことをしようとしていた自分の浅はかさが恨めしい。自分のやることはもっとシンプルでいい。一旦、客のことは忘れよう。
この日15時からの公演は、千葉くんだりから友人がひとりと家人の知人で自分とも顔見知りがの大人たちが3人、前回の演劇WSでいっしょだった俳優仲間がひとり見に来てくれた。終演後に会話したとき、友人からも知人の大人たちからも忌憚のない意見が寄せられて有益だった。最初の「さっちゃん」の言い方。
客のことを忘れようと思っているのだが、自分の声が客席に聞こえない問題があり、その解決ができていない。なんとかするには声を張り上げるしかないのではと思っているが、大声を出すために舞台に出るわけではなく、演技するために舞台に出たいわけだから、この二者択一については答えが出ている。だからまあ俺のセリフが聞こえた人はラッキーだ。
中打ち上げを切り上げ、家人たちの待つベルプリに移動する。演劇の話をすこししてもらってから、彼らに家に来てもらう。昔の仕事でとくに印象的だった仕事の話、最近バスケの公式戦で得点王になった話が聞いていて面白かった。結婚式するしないの話になったときには緊張感が出た。家人が座りながら寝そうな状況になっていたので23時頃お開きになる。


2026/02/22 今日
8時すぎに目が覚める。出かける準備をしてスタバに行く。何をどうすればいいのかわからなくなって頭が混乱している。何がやりたいのか、それを実現するためには何が必要なのか、結局自分で考えてそれを実行するしかないわけで、目標設定から楽しむための方法まで、自分の勝手でやっていいし、自分の勝手でやるしかない。それが自由とされるもののはずだ。どうしようかという悩みを解剖してみると衒気が出てくるようだ。観客からの良い評価がほしいと思っている? 認めたくないが、この器にはそういうものが入り込んでしまっている。かっこつけようとするダサさがあるし、自分にとっての泥臭さの”泥”はそういうものを抱えていることだ。そういうものに照明を当てられて舞台の上に歩いていくことになっているのはかなり危険なことだが、それを払拭するためには結局、目の前だけに集中することしかない。
結局フィジカルの部分が重要で、そのためには上のようなことにフォーカスするのが良いと思っているが、頭で考えておく部分としては「気持ちが圧される」ことになるシチュエーションで、演技プランのなかにはシマッタ感、やっちゃった感、気落ちを出そうとするというものがあるのだが、それをやろうとすると身体が小さくなってしまい、声も小さくなるので、そこを調整して、気丈に振る舞おうとする感じ、気落ちなどしていないと取り繕おうとしたり、立て直そうとする空元気のニュアンスを出すのがいいかもしれないと思っている。もうすぐ楽屋に入れる時刻になる。コンビニで買って楽屋で食べるのは止して、梅窓でうどんを食べてから劇場に入ろう。失敗のチェーンを断ち切るため、ようするに験を担ぐというやつだ。結構参っているかもしれない。どうにか楽しいへ抜けてみせよう。

日記727

待つ 2026/03/01 一昨日 23313 スタバを13時半すぎに出て吉祥寺に移動する。吉祥寺ですた丼を食べる。すた丼の下北沢店は目に見えて質が下がっていて行くに行けないので良い機会だった。PARCOの音楽ショップで家人と合流。試奏で電子ドラムを叩いて...