だから結局
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20260613
「悩み」について
水曜日のダウンタウンというバラエティ番組で、「悩みがない人はいない」という説が唱えられ、その検証のためにインタビューロケをする企画があった。インタビューを受ける人は口々に自分の抱えている悩みについてカメラに向かって答えるわけだが、人々は当然、テレビ用の(あるいはカメラを向けられたというシチュエーションに応じた)回答をするので、さらに伝達方法が「その場で」「口頭で」ということもあって、いきおい簡単な、”伝えやすい回答”に条件が絞られることになる。そのうえ番組はそれをテレビ用の分類に回すから、結果として上位にランクする悩みは「恋」、「仕事」、「お金」、「健康」という大きな看板がメインということになっていた。たとえ無記名アンケート方式にしたとしても統計的に扱うと結局は同じ結果になるのだろうと想像できるが、いずれにしても、そういった看板に載った悩みのいちいちを詳しく聞き出そうという気にはならないだろう。それぞれに特有の事情というものがあり、切実な内容を含むこともあるのだろうが、そのパッケージ内にあるかぎりはまとめて扱って問題ないという気にさせられる。実際に自分の身に置き換えてみたり悩みの内情を想像するということがしやすいからだろう。それでそういった悩みはまとめて〈理解できること〉というフォルダに分類されることになる。
一方、〈理解できない〉フォルダに分類されるほうが「それってどういうこと?」という疑問が湧いて、詳しく知りたい気持ちにさせられる。番組でも「悩みがない」という人について掘り下げるという内容を放送していた。
インタビューで悩みがあると答えた人のなかには「悩みはない(あるいはあっても小さな悩みしかない)が、悩みがあるかどうかと訊かれて悩みはないと答えるのは奇異に映るのではないか」と考えて、人に理解しやすい、さして悩みとも考えていないような悩みを適当に口にするというケースがあると思われる。だからここで浮かび上がる視聴者側の好奇心は、悩みがない人というよりは、カメラに向かって「悩みがない」と断言する人に向けられているといえる。
悩みというのを「心に占める重要な問題」と考えると、悩みがないという人の主張は、
1.心に占めている問題がない
2.心に占める問題があっても重要なものではなく悩みというに値しない
という二点に分けられる。
1については、自分の身の回りのことに集中してその外部の出来事に気を回さないようにするというスキルが要請されるため、誰にでもできることではない。そして「奇異に映るのではないか」という小さな悩みの持ち主の危惧はここに焦点が合うのだと思われる。情報化社会において、つまり外側がクリアに見える状況下で「心に占める問題がない」と断言するのは、自分自身の〈無関心〉というスタンスの表明にもなるからだ。個人という立場からなされうる政治的なステートメントにも近い、というか宣言そのものになる。
だから、常識的には(他人から判断する場合には)、より穏当なのは2のパターンだと思われる。とくに自分自身の人生にとってかけがえのない人物を三年ほどの期間で相次いで失った男性からすると、もはや悩みとするのに値する出来事がこの先にあるとは想定できないのだと考えられる。そのため悩みがないと断言できるのだろう。その当時の悩みや苦悩が、彼を悩み知らずの位置に立たせたのだ。ただの想像だが、悩みというのにはあまりにも小さいし、あまりにも遠い諸々の出来事が点滅しているという事態が日常になっているのだろう。そして彼の感情というのには測り知り難いところがあるにせよ、そのように考える理路というのは他人からしてもわかりよいものであるだろう。人に伝達するときに苦労するようなひっかかりもない。そう考えると、とくにそういったストーリーを用意せずに「悩みがない」と言い切った男性のほうに関心が向く。かつてなにかしらの悩みに直面し、それを氷漬けにする過程で心に占めるなにものかを失ったのだろうか。つまり、殿堂入りのようなかたちでその場から消失したかつての悩みがあり、その悩みに遠慮して今は、そしてこの先にも、悩みと呼べるものはないというのが彼の主張なのだろうか。あるいは生粋の能天気なのか。カメラを通して見ても両者の区別はつかないものなのだと驚いた。
ちなみに、お金で解決できる悩みは悩みと呼ぶのに値しないという考えもある。それらはシンプルに”お金の問題”だろうという主張だ。しかし、そんな呑気なことも言っていられないかもしれないと思うのは、お金がないということを発端として、問題がどんどんふくらんでいき、お金があってもどうしようもない事態にまで陥ることがとても多くあるのだろうと想定されることだ。だからお金がないという状態にならないように、各種の条件に対処・対応して、それがうまくいっているうちは悩みなどないというのも、決して考えられないスタンスではないだろう。
トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』の一節に「最も多く愛する者は、常に敗者であり、常に悩まねばならぬ。」という言葉がある。ドイツの文豪がそう書いたからといって即ちこれ正解というわけにはいかないだろうが、この言葉に慰められることになった”敗者”はこれからも多いだろう。
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