20260514

日記757

各ベクトル

2026/05/12 一昨日 16782
朝から出社。午後在宅。狛江にバスケに出かける。喜多見駅から体育館まで15分ほど歩くのだが、その道すがらyoutubeで『吾輩は猫である』の朗読を聞いた。バスケは好調でよく走った。競技志向の低い、ゆるい環境でのバスケのほうが自分の性に合う。高円寺のバスケは強度が強いので真正面から突っ込むと突き飛ばされる。それにくらべて狛江では同じようなプレーをしてもおいそれと道を空けてくれる感じがある。タンパク質の摂れるコンビニサンドイッチを食べてからシャワーを浴びて寝る。中一日でバスケの予定があるのでリカバリーのためアイスシャワーをする。


2026/05/13 昨日 10925
朝から出社。高輪ゲートウェイTECHというイベントに入り込んで中田英寿の話を聞く。ただサッカーが上手いだけの元サッカー選手らしく、話の内容に興味を引くような中身はなかった。ただ身体が引き締まっていてフィジカル化け物の片鱗が垣間見られてよかった。中身はなくてもおそらく身体的な優位性(と高強度のトレーニングに耐え続けた根性のようなもの)からくる余裕があり、ただゆっくり喋っているだけで、ファシリテーターと噛み合っていない会話をだらだら続けているだけでも一定の説得力を帯びようとしていた。話を聞かない聴衆が多い場では説得的な議論として充分機能すると思う。定例のミーティングに現地参加してしばらくしてから帰宅する。大相撲を見て定時退勤。夕立ちのため出かけるのをやめてうたた寝をする。起きてから家人と鳥貴族に行く。キャベツを中心に焼き鳥を3本ずつ食べる。帰り道に追加のお酒とコンビニスイーツに手を伸ばす。家人はこの頃ハマっているというチーズケーキ、自分はシュガーバタークレープ。まあ美味しい。気候がバツグンにいいので歩いているだけで気分が良かった。


2026/05/14 今日 4708
午前在宅。午後休にする。退勤後そばを食ってドロヘドロを見る。濱口竜介と三宅唱、もうひとり映画評論家の鼎談の様子を撮ったYoutubeを見る。とくに三宅の発言主旨「決めをできるだけ作らないようにする、むしろ積極的に決めの部分を潰す」というところなど内容には肯けるところが多いのだが、東大文化っぽい話し方が、鼻につくというのではないが、ちょっとかわいらしくてノイズに感じられた。その後濱口竜介がエドワード・ヤン作品について話しているイベントの動画を見て昼寝をする。1時間ぐらい寝た。起き出してからだらだらと出かける準備をして16時すぎに家を出る。西武新宿のスタバで『内在的多様性批判』を読む。クライマックスにあたる7章「転回」をやりなおす という箇所なのに、存在論的転回の概念が掴めていないまま読んでいて内容が頭に入ってこない。理解できるまで読み直すべきだと普通には思うのだが、なんか概念的な図示で本質的なことを言おうとしているだけではないかと、内容の理解できなさを自分のせいにしないでつまらない展開になっていると本のせいにしている。理解できないのを本のせいにすることはできない。普通に考えてわかるところに立ち返るべきだ。理解したうえでつまらないというのはあり得る。まずは理解・読解だ。NHKプラスで大相撲を見る。霧島は盤石。一山本が勢いのある強い相撲を取って琴櫻を破った。相撲とは関係ないが自分のバッシュの色は琴櫻の回しと同じ色だと思った。一山本の回しほど発色が良くはないが明るい緑。そう思うと琴櫻を応援したい気持ちになってきた。この後は読書の続きをすこししてから中井まで行ってバスケ。

20260511

日記756

手前渋

2026/05/10 昨日 19186
バスケのため高円寺まで出かける。気候的に自転車でも移動可能だが環七を30分弱北上するのは億劫なので電車で行くことにする。しかし新宿〜東高円寺までの丸ノ内線がいつも想定の倍ほど長い。
バスケはやる気が空回りして無謀なプレーが多くなってしまった。とにかくターンオーバーが多かった。ガードのプレーも全然できない。ドライブではなくカットインを狙うべきだ。それでも全力でやってうまくいかないと悔しいし、その悔しさのなかジタバタする楽しさもある。いつも送ってくれるジェントルマンにこの日も送ってもらった。


2026/05/11 今日 6241
午前在宅。大手町まで用事で出かける。都合30分ぐらいで用事が済んでとんぼ返り。大相撲を十両の取り組みから見始めて昼寝の時間をとる。前日の高安とのバチバチで感動させられたのだがその取組で怪我をした豊昇龍も休場になってしまった。結びまで見てスタバに出かける。『内在的多様性批判』を読む。6章に入ったところ。二項立てをするときにどこで分割するか、分割したあとにまた分割があり、その外部についてどう図式化するかという話。構造を理解しようとしていると何のために論述されているのか見失いそうになる。というか結構なっている。

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4章 創作としての文化 ギアツ✕ワーグナー
「深い遊び」
バリのひとびとにとっての闘鶏は
マクベスなどの文学作品と同様に
「感じるまま自由に人生が形作られるとすれば何が起こりうるか」を示すような事象を創出する。

「対抗創出」
文化の対抗創出
 慣習的な象徴作用(=慣習)と差異化する象徴作用(=創出)は自らを創出しながら互いを対抗創出する


5章 関係としての社会 ジェル✕ストラザーン

ジェルが展開する「アートの人類学」
西洋的な芸術概念や美学的な説明様式の普遍的妥当性を前提にしない、反美学的な人類学理論

「エージェンシー概念」
受動性を通じて能動性が生み出される
 働きかけられるというページェントの受動性を通じて、働きかけるというエージェントの能動性が生み出される
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20260510

日記755

一次関数

2026/05/09 昨日 13857
お昼に新玉ねぎたっぷりのハンバーグの残りとご飯を食べる。下北沢から代々木八幡に移動。代々木公園のドッグランに行く。友人Nと妻子が合流し、ビニールシートを敷いてチルする。1才になったばかりの鋭い洞察によって恐ろしく悪意に満ちた人間であるということを見抜かれた。具体的には警戒され泣かれた。
遅れて家人も合流し、とりとめのない話をする。機嫌が良いときの1才は自分のなかに鳴っているであろう音楽に乗ってダンスをして、屈託なくとにかく楽しそうで、やっぱり音楽に乗って踊るときにはこうでないとと参考になった。たまにこちらに向ける笑顔の破壊力には驚かされた。
公園外で解散し、代々木八幡から奥渋までお酒を飲みながら散歩する。散歩には最高の気候で、長い夕暮れどきとおしゃれなストリートを楽しんだ。渋谷まで歩き抜けて晩ごはんは博多屋台ラーメンにする。井の頭線で下北に戻って歩いて帰宅。ボーナストラックを歩くときについ気になってネズミの死体を見てしまう。口をあけて仰向けに倒れており、毒餌による苦痛のなか死んだことが想像される。憐れだ。


2026/05/10 今日 1540
朝9時頃からスタバに出かける。ボーナストラックのネズミはまだいて毛並みも乾き始めていた。人通りもそれなりで犬通りも多いので、余計に哺乳類の死体が気になる。
『内在的多様性批判』を読み進める。概念操作が面白いし、きちんと整理されているのでわかりやすい。難易度もちょうどよく、集中して読まないと文章がすり抜けていってしまうので集中力を要する読解のトレーニングになる。日記を書く。今日はこのあと昼ごはんを食べてから大相撲の夏場所の初日を見る。大の里とアオニシキは休場らしいので心配している。一方、大関復帰の霧島には期待。結びまで見てから後高円寺にバスケに行く予定。

20260509

日記754

本日は特売日

2026/05/07 一昨日 18323
午前在宅。昼すぎから出社。髪の毛が長くなりすぎて出社用にまとめるのが面倒になってきた。何も考えずに伸ばし始めた髪の毛だが、とりあえずの目標とするような長さには達していないのにもかかわらず、現段階ですでにまとめるのに苦労している。気持ちが切れそうだ。夏が来るのでもう無理かもしれない。15分間の残業をしてそのまま方南町までバスケをしにいく。選手としか表現する余地のないがっちり体型のバスケットマンが登場。あまりの手合い違いに対抗しようという気さえ起きない。それでも邪魔だけはしようとだましだましDFしたり、こそこそと隙をついてオフェンスしたりする。気持ちで圧されていないぞとアピールするためにニヤニヤしたりもした。とはいえそんな小細工が通用すると思うのは我ながら無理がある。傍目には滑稽に映っただろう。それでもそうやって自分を騙してできることをやる、自分の分のパイを得るために手を伸ばすということは、参加する以上やっていくしかない。どうしても無理なら帰ればいいだけだ。


2026/05/08 昨日
一日在宅。読書の時間を取ろうと思っていたがそう思うようには集中できず。ジョックロックのラジオで獣道について喋っている回を聞く。最後ゆーじろーが水を向けたところに「ウメハラ、俺はやるぞ」と真っ直ぐ発したユウショウはかっこよかった。かっこよすぎたかもしれない。
友人Nが来訪。スイッチ2ですこしバナンザを触らせてもらう。そういうふうに作られているから当たり前といえば当たり前なのだろうが、壊すことに爽快感がある。
定時退勤後、下北の街に出て歩き回りながら酒を飲む。途中パブリック下北沢というALL500円という嘘看板の店に入る。メニューを見てALL500円じゃないじゃないかと憤り、500円のカクテルだけを注文してひとしきり喋ったあと店を出た。駅前で映画ハムネットの話をした。家の角で父子がお別れをするシーンがよかったこと。暗いところに入っていくシーンを真っ直ぐ描ける強さがクロエ・ジャオなんだという話をした。タカを家族5人で見送る場面もよかったと言ったがあまりピンときていない様子で、それについて説明することはできないので話を切り上げにかかる。友人Nが「面白い」ということについて喋るにせよ「つまらなかった」ということについて喋るにせよ、映画を映画として見る見方が固定されている感じがある。映画にかぎらず何でも、初めて見るように見ることができないとパターン認識にしかならないと思うのだが、ひょっとするとパターン認識をこそやりたいのかもしれず、そうなるともはや同じものを見ているようで同じものを見ていないとさえ言いたくなる。事実の層とは別の層があり、自分はそれを事実の層と同じかそれ以上に重要視しているのだが、その層の存在自体を知りもしないという態度が見えるとどうしようもなく、それに対してはもうお手上げでしかない。それから、これはNに対してではないが読むべき本を読んでいないと、ある映画がモチーフとして取り上げていたりパロディをしようとしている企図に対して「自分はそれを知らないからわからないんだ」というノイズとなる自意識が発生して、目の前の内容を見ることの支障となることがある。そういう意味でも教養は重要だと思うが、教養がないからわからないと思うことができる人でも、教養を身に着けようとしないのはなんでなんだろうと思う。それでいて映画を見ることは続けようとするのはどういうわけなのか理解しがたい。自分にできる範囲で文化的な素養を身に着けたいということなんだろうか。仕事や生産活動など時々の”やるべきこと”にかまけず、もっと頑張ってもいいのではないか。
もう一杯だけということでダイエーで氷結(自分はおーいお茶)を買う。家に置いた荷物を取りに帰る道中ボーナストラックの入口で大きいネズミが息絶えていたのを発見する。


2026/05/09 今日 1785
朝起きてスタバに行く。『内在的多様性批判』を読む。日記を書く。昼ごはんを食べるために帰宅。その後は渋谷に行く予定。

20260506

日記753

空色と空

2026/05/05 昨日 13730
スタバから出て氷結を飲みながら帰る。おうちへ帰ってシチューを食べる。野菜たっぷりというオーダー通りでありなおかつ濃厚で美味しかった。キャベツステーキにはアンチョビがたっぷりでもし高血圧の人が食べたらぶっ倒れるのではないかというほど塩分過多だったが味はおいしかった。
家人がビューティフル・マインドを見ているのを邪魔してしまい顰蹙を買ったのでよけいな口を利かずに早めに寝ることにする。


2026/05/06 今日 4231
深夜の居酒屋で突然始まったミュージカル。ニューヨーク屋敷がMVに出演している。画面は横スクロールして進行。「目標はない」「友達もいない」「ひとりだけ慕ってくれる後輩がいる」
「とにかく何もない」「《何もない》というテーマもない」「バイトのための素早い動きだけがある」と文句口調で謳い上げていた。ラップのような勢いとバイブスがあったけれど韻はまったく踏んでいなかったのでポエトリーリーディングに近いと思った。夢も具体的な目標もないフリーターの苦役感が出ていてよかった。誰もが背負いつつそれに気づかないように目先を変える努力を怠らない”労働場面における徒労”なのだが、意識的にそれを怠り、ボイコットしている強さをそこに見た。見方次第ではただの怠惰とも言えるところがその良さの本質だ。
私のGWはこの日でおしまい。8時に起きてスタバに行く。『内在的多様性批判』を読む。昼すぎに帰宅してシチューの残りを食べる。アマプラで『日本三国』を見る。英雄とそれ以外の無邪気な描き分けがシンプルにすぎるが、そのぶん腰を入れて見る必要がないので見やすい。視聴者にわかりよい使用語彙で登場人物が喋るので、歯がなくても食べられる流動食のような簡素な味わいがある。お笑い芸人のラジオが聞きやすく調整されているのに似ている。こういうものだけインプットしていては顎が退化するにちがいないと思うが、顎が強くてもそれ自体に意味があるということでもないので、読書をしたりして見識を深めようというつもりがないのであればべつに構わないのではないかとも思う。こんな物言いにしてもかなりいい加減で、見識を深めるってなんだって話になるが、”見識”も”深める”もいちいち説明しようとは思わない。
昼寝をしてからお好み焼きの残りを食べて再度スタバに出かける。『内在的多様性批判』が3章まで進んだ。ある言説を推進した結果、それを主張した人物の意図したとおりには進まず、むしろ逆進しているという挑発的な記述が面白い。

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・翻訳(第一の実践):
 ふたつの領域に属するはずの諸要素は常に混ぜ合わされ、ハイブリッドな存在者が続々と増殖していく
・純化(第二の実践):
 ハイブリッドは捨象され、あらゆる存在は自然と社会のどちらかの領域に属するものとして把握される
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私は純文学という言葉に違和感をおぼえる者だが、純化がそれのみでは機能し得ない実践だというところに我が意を得たという思いをした。純化に反対するというか混ぜっ返すようなことは意識的にやっていく必要があると思っているが、それにしても反純化の試みが鮮鋭化することでそれ自体純化に取って代わるだけということは言えるなと思っていたので、「翻訳」という概念と併置されることで機能するというアイデアは馴染みやすいし気分に合う。
「自分ではない他人に何を言えるか」というのは無視しないかぎり無視できない問題としてずっとあり続けているので、ここらでその答えのヒントを掴みたい。

20260505

日記752

袖触れ合うも


2026/05/04 昨日 20606
スタバを出てからダイエーで氷結を買ってミカンの入口で飲む。しかし風がつよく肌寒いを越える寒さだったのですぐに切り上げてお好み焼きを作るための千切りキャベツを買って帰り、お好み焼きを追加で作って食べる。枕がいらないのではないか、腰・背中の痛みは姿勢不良からきていて、その原因は枕が高すぎることなのではないかとの仮説を立て、枕なしで寝てみることにする。


2026/05/05 今日 11066
朝からスタバに行こうとするが満席だったのと外気温がちょうどよかったのとでベンチに座ってKindle『内在的多様性批判』を読むことにした。行き交う人びとが面白く気が散ってあまり進捗はなかったのだが川崎から出張ってきていた高校生3人組のひとりが「カネねえから松屋で何も頼まないでもいい?」と言ったのに対してもうふたりがコンビニでカップ麺買って公園で食うことを提案していて「それなら食うっしょ?」「もちろん」「みんなで食ったほうが楽しいからな」とか言っていて良かった。その前の会話はSNSで誰をフォローした、誰からリクエストきた、誰をブロックしたとかいう聞いているだけで気が滅入りそうなSNSネイティブのくだらない人間関係の話を延々していて、しかも言葉遣いが部活高校生特有の粗雑さをきっちり抑えていてゲンナリしかけていたところだったので、あいつにカネがなくて助かった。
その後ダンダンに移動して読書。家人と合流してビオラルの前のテーブルで昼食をとる。家人はメキシコチキンライスを買っていたが、俺にはビオラルの1000円近くする弁当を買うカネはねえのですき家で牛丼を買って食べた。
新宿から山手線で上野に移動。上野公園でクレープを食べてからアンドリュー・ワイエス展を見る。最初の自画像から引き込まれた。オルソンハウスの展示場面がとくによくて、それまで知らなかった場所を実際によく知るようになったという感じが得られた。人が住む場所とそこへの愛着のようなものを通じて、誰かを大事に思うことがストレートに感じ取れた。言葉で好きというとその肯定面にしか目がいかない事態に自動的に進んでいってしまうが、それ以前の気になる感覚が細密な表現によって表わされていた。家全体を描いた作品を見ると家はちっぽけに見える。ちっぽけだが家はたしかにそこにある。そこにあるということを知らしめることに成功していて羨望した。
夕方前の申し分のない気候のなかビールを飲んでソフトクリームを食べる。銀座線の渋谷経由で下北沢に戻る。スタバで読書の続きをしてから日記を書く。
そういえば移動中の電車内で自分が寝ているあいだ、家人がSwitchでトモダチコレクションをプレーしていた。電車内で遊ぶほどハマっているゲームがあるということが嬉しいし、山手線や銀座線でSwitch2ではなくSwitchでトモダチコレクションをプレーしているのは客観的に見てもかわいらしいという気がする。渋谷についたときにはゆうてぃのためにシャチの部屋を作っていた。

20260504

日記751

シモキタ


2026/05/03 昨日 6799
スタバを出てから家人と合流し梅窓でとり天ざるうどんを食べる。前日に頭のなかで天ぷらを揚げて食べる遊びをしていたからその回収になる。酒を飲んで水分が足りない状態になったからか、ユニクロにいくエスカレーターでくしゃみをした拍子に背中を痛めた。ぎっくり背中の弱いバージョンという感じだが翌日にもバスケが控えているのに何をやっているのかと我ながら呆れた。GWキャンペーンの一貫でチャイピオのチャイの試飲があったので家人がもらっていたがカルディのコーヒーよりも少量しかコップに入れてくれず、なんだかケチケチしているなあとPRとして逆効果になるのではないかというPRイベントという印象になった。その後帰宅し、昼寝を経てニアオートマタをプレーする。基本のエンディングはひととおり見たかたちになると思うが、救いがなくてやや苦み走った遊後感になった。あっという間に晩御飯の時間になり、どうしようかと悩んだが結局お好み焼きを作って食べようということになりまいばすまで夜散歩がてら出かける。ドロヘドロを見る。家人に日本沈没2020を見せる。衝撃展開でアテンションを維持しようという意図、ならびに作画クオリティと(家人の思う)リアリティラインのあからさまな低下により三話まで見たところで興味がなくなった模様。家人の後輩からジャパンアニメの可能性に最近思い至ったのでおすすめがあれば教えてくださいというメッセージを受け取ったということで、サニーボーイを推薦するように伝えた。世の中の全作品のなかでもっとも人に勧めたい作品がサニーボーイだということを最近考えていたのでタイミングが合っていた。そのほかピンポン、ゴジラSP、呪術廻戦、PLUTOあたりが挙がった。


2026/05/04 今日 17959
朝7時半起きでバスケに出かける。月曜だがGWのため仕事ではないのだが乗る電車の時間はだいたいいつもの出社時と同じになった。バスケは9時から12時までの3時間。前日に湿布を貼って寝たのが功を奏して背中の痛みは収まっていたがコンディション不良にはちがいなく、不安を抱えつつのプレーになった。ただそれにしては上出来で、最後のほうには3Pシュートのタッチがよくフォームが掴めた感覚を得られた。結局中井駅で食事をせずにまっすぐ帰宅し、セブンで買った参鶏湯と茹でたもりそばを食べる。シャワーを浴びて洗濯機を回してから1時間半ほど昼寝。運動による疲労も睡眠によって軽減できるということを実感した。19時半からスタバにきてストリートコーナーソサエティを読む。ショートを書く。円城塔がNoteで感銘を受けたことを表明していた『内在的多様性批判』の前書きを読む。世田谷図書館に置いていなかったのでKindleで購入。日記を書く。

日記757

各ベクトル 2026/05/12 一昨日 16782 朝から出社。午後在宅。狛江にバスケに出かける。喜多見駅から体育館まで15分ほど歩くのだが、その道すがらyoutubeで『吾輩は猫である』の朗読を聞いた。バスケは好調でよく走った。競技志向の低い、ゆるい環...